UNICITY LIVE ONLINE アコースティック編成感想

UNICITYとは、超かっけーロックバンドUNISON SQUARE GARDENのファンクラブです。
そのUNICITY会員のみが視聴できるオンラインライブが7/23-7/24の2日連続で開催されました。
1日目はアコースティック編成、2日目はバンド編成という構成だったのですが、アコースティックバージョンなんて聞けるのはもうこれっきりかもしれない!ということで、アコースティックアレンジについての感想を書き残しておこうと思います。印象の話しかしないので何を言ってるかわからないかもしれない。

1. 黄昏インザスパ

丁寧につみかさねられているけれど強固なものではなく、ほろりと崩れてしまうような、だけどたしかに感じる気持ちがある。ホームメイドのソフトクッキーのような演奏。
対して原曲は都会っぽい。ビル群に当たる夕陽を思わせる。

2. 夏影テールライト

やさしく沁みる…
いい香りのする熱すぎないお風呂のよう。じんわりと自律神経が整っていく。
今回のアレンジで一番好きかもしれない。

3. 春が来てぼくら

原曲は桜や青空のような見上げる春で、アコースティックはしめった土や虫、たんぽぽといった足元の春。
見上げる春は風を感じ、足元の春は太陽を感じてぽかぽかとあたたかい。

4. スカースデイル

木から漏れる明かりみたいなライティングが最高でした。
キャンプファイアーを囲んでいるかのような穏やかな内輪感。おちつく。

5. 静謐甘美秋暮抒情

全体の印象としては一番そのままだったように思う。しいて言えば、バンドバージョンは天気が決まっているけれど、アコースティックはあいまいな天気。

6. お人好しカメレオン

ジャズアレンジ。ウォーキングベースと裏打ちシンバルが軽やかで、英語話者でもないのにtake it easyというフレーズが思い浮かぶ。
原曲はなんというかシリアスさがあるけれど、こちらは気楽にいこうよ、という感じ。

7. シュガーソングとビターステップ

間奏のスキャットが楽しい。文化祭みたいな、内輪っぽさがありつつ開かれていて、妙に手作り感がある。それが「ファンクラブ限定」らしさをかもしていて、ファン心理を満足させてくれる。

バンドでの演奏とはまた違った趣で大変おもしろかったです。たまにでも良いからいろんな曲のアレンジを聞いてみたい。また機会がありますように…!

ゼロの執行人サントラ感想

 

取り上げたのはサントラのうちほんの一部です。
 そしてサントラ感想と言いつつ、映画中のバージョンに準じて、基本使われた順に書いています。内容も曲そのものというより映像と合わせての感想が主軸です。
 自分の感想に繋がっているのかなと思った曲の特徴を書くようにしていますが、全部私の思い込みです。楽譜もちょびっと起こしましたが全部私の思い込みです。

ちげーよっていうのがあったら是非知りたいので解説お願いします…!


Track.6 名探偵コナンメインテーマ (ゼロの執行人ヴァージョン)

安室ファンゆえ、今作のアレンジがどうなるか考えるだけで一年前から動悸してた。
アレンジの主体として使われているストリングスは固めの音質で現代的なうえ、イントロのうちからシンセが入り、サイバーな雰囲気が出ている。間奏でも同。
Aメロは金管群がメイン。金管群は格好良いの象徴(という自論)。金管が目立つ劇伴はほぼ安室の登場シーンで使用されていることからも、今作の安室ageに対する気概が窺える。
なお本家メインテーマでは主役を張っているサックスだが、ゼロ執ver.でメロディを演奏するのは、たった二回。一回目は「目が覚めたら(新一)」→「体が縮んでしまっていた(コナン)」と声が変わる瞬間。二回目は「謎の多い男」というナレーションとともに安室の3フェイスが出たカット。今作の主役はこの二人だと物語っているようで大変アガる。


Track.7 はくちょうの帰還

フィクショナルな宇宙じゃなくて、科学的な宇宙感がある。高音と低音の幅広さが規模の大きさに繋がっていそう。


Track.13 証拠

毛利小五郎を早く送検しようという公安の思惑のもと動く風見に対して、なんとか言い返そうとする目暮警部。小五郎を信頼してるんだなあ。そのシーンにあたる曲の後半では、だんだん音が高くなりクレッシェンドもかかっていて、目暮の必死さが高まっていくのをより感じる。


Track.14 驚きの蘭

いきなり強い音で鳴り、半音の行き来が不安感を煽る(譜例1)。小五郎の送検を知らされた時の曲。ビートとキャラのモーションの同期も相俟って、「送検」というワードがピンとこなくても、ショッキングでまずいことが起きていることが分かる。すげえ。

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譜例1 「驚きの蘭」出だし

Track.17 紗世子の判断、Track.22 紗世子の判断2

曲名知ってびっくりした。ここでの紗世子のセリフは「これは公安部の判断よ」または「公安警察の判断よ」。公安に従うと決めたのは紗世子自身なんだな。境子がラストで叫ぶ「私の判断」も考えに入れると、紗世子の立ち位置みたいなものが分かって面白い。
なお、[Track.31 紗世子の結論]では、日下部が「それが、公安警察の結論ですか」と問う。紗世子は答えなかったけど、この微妙な認識のズレが後に繋がってくるんじゃないか。


Track.21 着メロ

この着メロ、後のシーンで(風見に仕掛けた盗聴器から)聞こえた時に、少なくともどっかで聞いたなレベルには視聴者に覚えていてもらわないと、話が成立しない。ほんの数秒で、着メロっぽさを出しつつ、記憶に残るキャッチ―さがあり、でも映画の雰囲気に合うようにポップさではなく不穏さで海馬に訴えてくるのめっちゃすごい。天才。


Track.23 ゼロの追跡

映像に合わせて、一曲の中で動(コナン走る)→静(止まる)→動(境子と風見のモーション)と変化する。動と静は分かりやすくドラムのon/off。一分に満たない間でどんどん展開していくコナンの脳内を体感できるかのよう。


Track.24 安室と風見

安室登場時の金管曲のひとつ。最初から全開ではなく、風見を捻り上げた瞬間にブラスが鳴り出すのが良い。画面が静から動に切り替わるタイミングなのも勿論だけど、切り替わってからの安室の言動は彼の考え方が垣間見えるもので、安室のために用意された金管群という感じがしてたぎる。


Track.25 水面の構図

メインテーマのフレーズを使った曲。「江戸川コナン。探偵さ」のお約束に合わせたんだと思うと熱い。


Track.39 少年探偵団ファンファーレ

ちょっとマヌケな感じがめっちゃ愛しい。この辺りから緊迫した曲が続くので、たぶん意識して緩めている。


Track.40 走るコナンと安室

同じ主題(譜例2)で複数の曲がかかれるパターン。

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譜例2 「走るコナンと安室」共通フレーズ

共通のフレーズをもつ曲はこれ含め、全部で3曲。BPMを調べてみる。

[Track.37 非常事態]      BPM:111
[Track.38 即時退避]      BPM:113
[Track.40 走るコナンと安室]  BPM:115

非常事態→即時退避→走るコナンと安室で、気づかないぐらいほんの少しずつBPMを上げており、自然と緊張が高まっていくようになっている。隠し味みたいな…細部まで丁寧…!


Track.42 チェイシング・ゼロ

最初はまだ本気で走れていない感じ。ロングトーンが短縮してから本格的にチェイスが始まる(譜例3-1)。画面もここで安室がコナンを追い抜いている。前の場面が推理披露だったから、いきなり細かい譜割をぶつけずに視聴者を乗せにきたのかな。上昇音型→下降音型の組み合わせから上昇→上昇になったのも、前進する感じを生み出している。
安室が車上に登ったシーンから、低音が抜けてバイオリンが細かく動く(譜例3-2)。不安定な足元ながらするする移動する安室をまさに表している。

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譜例3-1 安室が追い抜く
 
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譜例3-2 安室車上へ

Track.45 正義への思い

自エントリでも触れたけど、安室は劇中で「正義」とはいっさい口にしない。しかしこの劇伴とともに話し出すのは、なんと安室。
かわりに注目したい台詞が、「自らした違法作業は、自らカタをつける」。この場面以外にも数度おなじ内容のことを喋っており、印象的だ。法を犯すからにはその始末まで完遂することが、安室──公安なりの正義…というか、法という絶対的なはずの正しさを全うできないことへの贖罪みたいなものなんじゃないか。正義をかたろうとはしないけど、「正義への思い」は誰よりも強いんだと、曲名を見て思わされた。


Track.47 運命の再突入

博士の「君たちがこの国を守るんじゃ……!!」がぐっとくる。この背後で流れる、上昇音型かつオクターブから2音はみ出る(きっちりオクターブだと収まりが良い印象になるので)という主旋律が、子供たちの可能性とか、未来が広がっていることを想起させて胸にくる(譜例4)。

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譜例4 「君たちがこの国を守るんじゃ」

Track.46 安室サスペンス

ゼロ執サントラはほとんどが短調だけど、これは短調であることに特別な意味がある曲。そもそも長調とはっきり判るものはほんの数曲しかないが、それらはすべて、探偵団の登場時にのみ使われている。そして探偵団が出ている時の劇伴のうち唯一短調なのが、この安室サスペンスというわけ。探偵団の無邪気な様子が映りながらもハラハラするのと、今までとのギャップから山場だと感じられる。


Track.50 激走ハイウェイ

だんだん楽器数が増えていくところが、混乱が伝播していく場面と重なる。
コナンのカットに戻るとメインテーマのフレーズが入るのも細かい。
そして、車で走行するシーンに入った時の曲変化。レガートに演奏された横に流れるフレーズ(譜例5)で、FDが高速道路を疾走する感じが伝わってくる。この転換がすごく好き。
ちなみに[Track.50 激走ハイウェイ]→[Track.51 激走ハイウェイ2]でも[Track.40 走るコナンと安室]で述べたようなBPMの上昇がされている。ここの片輪走行ぐらいでは顔色変わらない江戸川いいよね。

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譜例5 FDの疾走

Track.52 安室出動!

状況が変わるごとに曲も変化していく。

カプセルの落下位置が判明(曲開始)
→モノレールに気づく(譜例6-1)
→安室が狂気の笑みを見せ、(譜例6-2)
→モノレール側面を走る
→「ここだ!」で側面走行終わり(譜例6-3)
→別のモノレールに追われる
→立て直す(曲終了)

メロディラインがはっきりしている部分を譜面に起こしてみる。

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譜例6-1 モノレールに気づく

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譜例6-2 狂気の笑み

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譜例6-3 「ここだ!」

「ここだ!」からの部分にすごく突破した感があって大好き。このメロディだけが上昇音形で構成されており、今までの下降音形で抑圧された印象から一気に突き抜けた感じがするんじゃないか。
(これは曲とは関係ないんですが、狂気の笑みを見て江戸川がヒッという表情をするのが、安室の顔がライトに照らされてからっていう流れがすげえ好き。)


Track.53 名探偵コナンメインテーマ (ゼロの執行人フルヴァージョン)

決め台詞からのメインテーマは何度聴いても痺れる…
ビルから飛び出したところで間奏に入るのだが、車のエンジンが爆発するのを境にして、コナンが叫ぶ「行っけえええええ──!!」に、より力が入り、ボールが纏うカラーに爆発のオレンジが加わる。そのタイミングと、ストリングスのフレーズが全音上がるタイミングがバチバチに合っていてめちゃ気持ちいい(譜例7-1)。

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譜例7-1 エンジン爆発の前後 ※一部簡略化

その後、花火ボールが弾け、曲はBメロに戻る。花火が開くドン!というエフェクトは、音程が跳躍した先の強拍で主和音が鳴る、というエネルギーが強烈に発散した瞬間に合わせて入れられている(譜例7-2)。おかげで私たちは、最高のカタルシスを得ることができる。とんでもないことですね。

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譜例7-2 花火に向かうメロディと和音



お読みくださりありがとうございました。
映画というのは音楽もふくめて一つの作品なんだと当たり前ですが実感しました。サントラの異なる見方の一助となれば幸いです。

 

 

さらざんまいと私

あの頃、ここじゃないどこかへ行きたかった

「さらざんまい」11皿

この台詞を聞いたとき、この作品は自分のためのものだとわかった。
自分「だけ」のためという意味ではない。きっと私とはぜんぜん異なる人にも届いているんだと思う。それが愛おしい。
でも私が受け取った「さらざんまい」は、私だけのものだ。


あの頃、私は変わりたくてしょうがなかった。
なにかになりたいとか、憧れたあの人みたいにとか、そういうのだったら綺麗なのに、私はそうじゃなかった。私はとにかく私以外のものになりたくて、ぐちゃぐちゃだった。

もうその渦中にはいないし、片時も忘れられないということもない。だけどはずみで思い出してしまうと、しばらくはそれに囚われて前が見られない。自分の脳がやっていることに違いないのにどうしようもなくて、嵐のように過ぎ去るのをただ、待つ。
そういう自分を誰にも打ち明けたことはない。
その時のことを変えることはできないし、言って忘れられるものでもない。何より実生活には困ってない。だから誰にも言わないでいる。
一人で抱えてくんだろうなと思っていた。大した重さでもないし。
さらざんまいは、そこに、寄り添ってくれたような気がした。そんなものが現れるなんて、思いもしなかった。


人生はつらく険しいかもしれないけれど、それでも。大切な人と良好なままとは限らないけど、それでも。今までがどんなに自分を苦しめようと、それがどうした。
一稀が、燕太が、悠が、いや。
さらざんまいを受け取った私自身が、そう言ってくれる。

生きる勇気をくれてありがとう、さらざんまい。



"いつか誇れる" なんて、無責任だと感じる人がいるかもしれないけれど、大好きなロックバンドの歌詞で結ぶ。

どうしても消えないままの 残酷時計は
真実を指してるから 厳しくも見えるだろう
だけどいつか 誇れるくらいには 人生はよくできてる
だから、生きてほしい!

Invisible Sensation - UNISON SQUARE GARDEN

「風が強く吹いている」が出版から十余年経ってアニメ化されたことに感じた運命

 

※アニメ21話まで視聴&小説は未読

※録画を消してしまったのでセリフ等が正確ではありません

 

先を観たら考えが変わってしまいそうなので、現時点の感想を残しておきたくて書いてみます。

 

17話のあるセリフを聞いた時、私は心から思いました。「風が強く吹いている」を観ていて良かった、と。

そのセリフとは、双子が発した「絶対に勝ち目がないのに、何のために頑張るのか」という問いです。私はちょうど似たようなことで悩んでいたので、その疑問に向き合う過程のひとつをこの作品は見せてくれるのだと分かり、救われたような気持ちになったのです。

 

ところで、属するコミュニティによって、良しとされるものは違ってきますね。学校ならテストの点数が高いこと、会社なら仕事が出来ること。駅伝ならば、足が速いこと。

でも寛政大学陸上競技部が一位になることは99%あり得ない。じゃあなんで走るのか。走るのが好きだから?

ジョータもジョージも、もともと陸上が好きだった訳ではありません。他のアオタケのメンバーの多くも。今はそれなりに好きだと思いますが、勝てないと分かっていながら走るには足りない。長距離走が大好きだったニコチャンでさえ、好きな気持ちだけでは続けられなかった。

さて灰二は、双子に対してこう答えました。

「それを知るために走っているんだ」

苦しくても続けるという選択肢があるんですね。

 

少し自分の話をします。

私は楽器演奏が趣味です。でも掛けた時間の割に伸びないし、これから先、一番になったり、誰かに認められたり、そういうことは望めない。それだけが理由で続けてきたのではないことは確かなのですが、じゃあいったい何が好きでやっているのか、よく分からない。それに、自分の不出来と向き合って練習を重ねていくのは苦しいものです。苦しみながら続ける趣味なんて、馬鹿みたいだと思っていました。

別にそれでいいんですよね。馬鹿みたいでも。自分の好きがよく分からなくなっても、何故それでも続けようとしてしまうのか、それを知るためという理由で続けたっていい。ほかの理由でもいい。コミュニティで良しとされるものでなくても、絶対にしてはいけないということはない。

 

私は実際に楽器と距離を置いていました。そんな時期に、風強17話に出会うことが出来た。なんて幸運でしょうか。

 

運命について、じつはもう一点あります。

昨今、SNSの普及によって、「何者かになりたい」という欲求が刺激されやすくなっていると言われています。

私たちはSNSという希薄なコミュニティの中で、良しとされるもの、つまり「何者かになること」を、義務のように捉えてはいないでしょうか。希薄ゆえに、そうでない人もたくさんいるでしょうし、無自覚な場合もあるかもしれません。

でも私のように、"これから先、一番になったり、誰かに認められたり、そういうことは望めない"かもしれないと思って、悩んでいる人も少なくないと思います。そしてその数は、小説風強が出版された2006年と比べると、アニメ風強が放送開始された2018年の方が、ずっと多いに違いありません。

「風が強く吹いている」が今になってアニメ化されたことに、そんな巡りあわせを感じるのです。

 

ゼロの執行人の降谷零はなぜ格好良いのか

 

※犯人のネタバレを含みます

 
 
 
本題に入る前に"格好良い"という表現について話しておきたい。というのも、執行人の彼を単に格好良いと言うのは、あまりに多くのものが抜け落ちてしまう気がして、とても嫌だったからだ。
 
「アイドルの○○くんカッコイイ」と
「○○くんのアイドル業に対する姿勢がカッコイイ」では、
カッコイイの意味合いは違わないだろうか?
 
執行人の彼に向けたいのは黄色い歓声ではない。
 
4月13日に『ゼロの執行人』を観てから今なおずっと、降谷零に感じたものを形容する言葉に迷い続けている。タイトルは便宜的に付けただけだ。
しかしその気持ちを抱いた要因は言語化できるのでは、と試みたのが今回のブログである。執行人の降谷零の言動からこれを探っていこうと思う。
(ということでこれは個人の感想文であって、多くの人が熱狂している理由を分析するものではないことをお断りしておく。)
 
 
さて今回、降谷零が不穏な動きを見せることは、公開前から明らかになっている。特報(PV)でも、「今回の安室さんは、敵かもしれない」というコナンの台詞が使われている。
 
ここでの敵とは、毛利蘭に害なす存在とみることもできるし、バトルビジュアルに使われていたコピー「Truth VS. Justice」を踏まえると、真実を捻じ曲げようとする存在とみることもできよう。
 

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バトルビジュアル(劇場版「名探偵コナン」公式HPより)
真実を捻じ曲げようとする存在=「敵」は、ゼロの執行人において複数登場する。彼らを比較しながら話を進めていく。
 
「敵」は次の3者だ。
・降谷零
・日下部誠
・橘境子
彼らがそれぞれの目的で動くことで話は複雑化すると同時に、それらが明かされるパートが、話の見どころともなっている。まずは降谷零以外の二人について整理する。
 
はじめに、犯人である日下部。
公安警察の力を削ぐため、サミット会場を爆破し、さらに宇宙探査機の落下を試みる。
その動機は、公安検察として正義を為すことだった。
それを聞いたコナンに「正義のためなら人が死んでもいいっていうのか」と問われ、「民間人を殺すつもりはなかった」と答えた。日下部は、探査機の落下地点である警視庁から人を遠ざけるため、停電やIoTテロをも起こしていた。コナンが「それでも、だれかが犠牲になる可能性は十分あったはずだ」と咎めると、「正義のためには多少の犠牲はやむを得ない」と主張する。
 
次に橘境子。
境子は公安警察への恨みから、無罪にするよう頼まれた被疑者を有罪にしようと画策していた。
このことを知ったコナンに「無関係な人たちを巻き込んで!?」と非難されると、「仕方なかったのよ」と返す。
 
 
注目してほしいのが、それぞれに向けられたコナンの台詞だ。
「正義のためなら人が死んでもいいっていうのか」
「無関係な人たちを巻き込んで!?」
これらはそのまま、降谷零に当てはまる。
 
一つ目は羽場二三一の件。
本当に殺した訳ではなかった。しかし、羽場の家族から、日下部から、境子から、羽場を奪ったことに変わりはない。
尻拭いのできない公安検察が、再び違法作業することのないよう、降谷は羽場の存在を抹殺した。公安の正義のために。
 
二つ目は毛利小五郎と、その周りの人物の事。
公安の手札を増やすため、テロとは全く無関係である毛利小五郎を巻き込んだ。そのせいで毛利蘭やコナン他、周りの人々は、事件に振り回されることになる。
 
申し分の無い敵っぷりである。
だけど、この二人とは決定的に異なる部分がある。それはコナンの台詞にたいする応答だ。
日下部は「やむを得ない」、境子は「仕方なかった」と言い訳めいている。
しかし降谷はどうだろう。
テロリストを捕まえるためにはやむを得なかった、とか、国のために仕方なく、などとは決して言わない。
そもそも降谷は、理由を話すつもりはなかったように思える。「なんでこんなことするんだ」「まだ解けてない謎がある」「どうして小五郎のおじさんを巻き込んだの」までいって、ようやく明かしてくれるのだ。一度は「携帯、さっきからずっと光ってるよ」とはぐらかしさえする。スーパーヒーローたるコナンだからこそ辿り着けた答えであって、コナンがいなければ、彼は悪役で居続けるはずだった。羽場の時、公安部の風見にさえ人殺しだと思われていたように。
だからコナンに問われても「僕には、命に代えても守らなければならないものがあるからさ」と、信念を話すにとどめるし、ラストになっても「君の本気の力が借りられるだろ?」と、聞かれたことだけに答え、一切弁明はしない。
 
これはつまるところ、覚悟の違いである。
作中、降谷零は「正義」という言葉を一度も口にしない。
自分は正義じゃなくて良いのだ。悪人だと思われたって構わない。
行為には最後まで責任を持つ。命を賭してでも。
 
 
初見でこれら全て意識できていた訳もなく、無意識だってどこまで理解していたか分からない。
けれども、「僕の恋人は──」に、こういった覚悟、生き様、信念を、感じ取ったのではないか。
だからゼロの執行人の降谷零は格好良い…というか美しい…いや気高い…………
ううん、彼に対する気持ちを何にも当てはめたくないかもしれない。